2006年08月21日

#26 宇都宮景観論争

このblogは栃木の良さを見直し、
暮らしを楽しんでいくことを考えて作っています。
今日は少し真面目な話題を一つ。

最近知った話で、無知がお恥ずかしいのですが、
二荒山神社の参道の両側に
商業ビルと24階建てのマンションが建設中だそうです。
(私は駐車場と商業ビルだけだと思っていました)

計画には賛否両論あり
反対派の人たちは、宇都宮の「景観」を守るということを掲げる人が多いようです。

みなさんはどのように考えますか?

私は「反対」、というより慎重であるべきと考えます。
以前からこのblogでも書いてきましたが、
都市計画というのは100年後の姿を考えておこなわれるべきだと思います。
建造物をつくるにしても、リノベーションや再利用が可能な構造・材質であるとか、
景観といかに融合していくとか。
個人の邸宅ならば限界もありますが、公共の場につくられるものは尚更です。
(本当は規制ができるといいと思いますが、この話はまた後日)

この高層マンションは100年後どうなるのでしょうね。
その周辺の商店街はこのマンションの建設によってどうなるのでしょう。

現在の市街地は、老朽化の進んでいる建物が多くあります。
今後どのような街作りをしていくのか、考える必要があると思います。
古いものを使い続けることは大切なことだと思いますが、
ある部分では、新しいものへと創りかえていかなければなりません。

反対はの方々も、これまでの、そして現在の景観だけではなく、
それを生かしながら、将来的にどのような街とするべきかを考える必要があると思います。それを反対するだけでなく、具体的に考えていくべきだと。
現在の商店街や景観を守るだけでは、中心部は遠からず廃墟と化すでしょうし、
ある部分は壊して進めていかなくてはならないと思います。
(実際、そういう建物もたくさんありますよね)


街を引き継ぐことというのは、私たちが未来に負う責任でもあると思うのです。
未来の子どもたちにどんな街を残せるのか…。
やはり、人の集まる、美しい街であってほしい気がします。
posted by hata at 10:34| ☔| Comment(20) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
バンバ通りで小売店を営んでいるものですが、おっしゃる通りと思います。毎日の記事にもあった通り。反対運動は地元商店街に署名用紙と意見広告費用1万円を寄越せと言う文書を送りつけて来ただけで、中心部の活性化など考えてもいません。我々も次善の策として再開発を支持しているだけで、もっと総合的な都市構想があれば良いとは思いますが、いかんせん机上の空論ばかりでは、24階建てのマンションをよしとするしかありません。下野新聞の投書欄を見ればよくわかると思いますが、反対している人は公務員(教員)でしかも中心部商店街には月に一回も来ない、それこそ二荒山神社には年に一回も登らない人ばかりです。地元商店街で反対運動に公然とかかわっている人はおりません。いかに地元を無視した運動であるかと言うことは明らかでしょう。
 
Posted by 宇塚清 at 2006年09月14日 16:27
土地の有効活用は建物の更新上どうしても必要なことであり、高層=景観を壊すという短絡的な発想で、中止に追い込むことは、町の中心部での経済論理にのっとた開発は不可能ということになり、せっかくの外からの資本もいずれはなくなり、その時こそ、体力のない地権者しか残らず、廃墟に向かう街並みだけが残る気がするんだが。
そういった経済活動をうまく受け入れ、これを肯定しながらコントロールする。建て替えに伴う高層化は事業費をまかなう意味で必要なことであるのだから、これをうまくコントロールし、すばらしい景観に資するような高層建築を求めることのほうが、街の魅力を高める上で懸命だと思うがな。
駅と中心部の間にある、ピンク色の下品で安普請の建物なんかの方がよっぽど景観破壊と、街のイメージを壊していると思うが、何にも感じないのかなあ。
Posted by 都内在住 at 2006年09月16日 18:48
宇塚清様 様
都内在住 様
コメントありがとうございます。

>宇塚清 様
宇塚様のおっしゃるように、私の意見もまた机上の空論だと思っています。キチンとした根拠・データを持っているわけではありません。ただし、改善していくことは宇都宮に必要な現実であると思っています。「どのように?」という方向が明確でないのが問題だと考えています。景観だけでは宇都宮の活気は戻ってこないと思うからです。商店・テナント・交通・駐車場・そこに暮らす人、総合して中心部の活性化がされてほしいと考えています。それが「役所」・都市計画の仕事だと思うのですが。

>都内在住 様
コメントありがとうございます。ご意見に私なりにお答えしたいと思います。
おっしゃるように、建造物の更新は必要です。宇都宮の場合、昭和30〜40年代築の建物が耐久年数近くなっているのも承知です。
ならば、これから建てる建造物は長期的な視野(リノベーションや数十年後の解体まで含め)に立った計画が必要と考えています。一棟一棟が勝手に建てられては、「都市計画」とは言えません。

それから外からの資本の導入も必要だと思いますが、「高層」=「資本の導入」と結びつく訳でもないと思います。それを考えても、(商業的建造物は)3〜5階で十分。そのかわり大通りに面したファサードを重視した方が良い、と個人的には考えています。

市街地は廃墟に近づいていますが、残念ながら建物の高層化によりテナントの回復が見込める状況でもありません。
これは市内の駐車場など交通事情も含まれます。従って、局地的な高層化が問題の根本的な解決になりません。宇都宮市は駅の東側にLRTという新交通システムを計画しているようですが、西側の状況も改善されなくてはならないと思います。宇都宮市民の交通状況が、市内の空洞化をもたらしている一因でもあるので。

それから「ピンク色の…」とおっしゃっていますが、都市計画というのは、そういうものも含めて改善することだと思っています。
私も宇都宮市民として、廃墟と化したビルが大通りに面していつまでもあるのは恥ずかしい思いです。でも、現在の市内のビルの多くが設計・強度上の問題からリノベーションは難しい。ならば次の世代に向けての都市はリノベーションが可能なものを作り上げてほしいと思っているのですが。

文章が下手ですみません。
Posted by hata at 2006年09月16日 22:48
 再開発反対運動は二荒山神社からアドバルーンを上げて、出来上がるビルの高さを明らかにするとして、現在アドバルーンを上げています。しかし以外に高くない。本当の所やはり高すぎるかなあと心配していたのですが、意外と高くない。しかも前面がドバット広がるわけだから、圧迫感は全然無いでしょう。反対運動はあんなことをやらなきゃ、もっと景観問題で煽れたのに、かえって墓穴を掘った様なものだと思います。
 ところでこの反対運動の内幕はだれも公表していないようなので、若干書いてみたいと思います。
 まず反対運動の主催者の弁護士は、大規模商業施設の出展の窓口を担当し、ベルモール等を仕切ってきた人です。彼は今度の再開発に噛めなかった為に面白く思っていなかった(噛んでいれば60億の再開発費の内30億が公共の出資だから5-7千万の収入になったはず)。
 二荒山神社は最初の時点で17億で神社前を市に買い取らせて、地権をもらい鳥居を新設させるつもりだったが(この交渉の為着工が半年遅れた)土地の名義だけの為に税金を17億もさすがに出せない為市は断った。だから神社は協同組合には入らなかった。
 ミンミンは本社が宮地区にあるが。最初は、ここも一緒に再開発の予定だったが、地域住人をまとめ切れずまた先延ばしになった。しかしながらこの再開発が中止になれば、宮地区の再開発に予算(30億)が回って来るかも知れない。
 これが三者が反対運動を立ち上げた最初の動機です。しかし中止市街地の商店街に支持されなかった。まあ中心市街地空洞化の張本人が主催者だから、支持はされないだろう。反対運動は結局主催者の顧客を中心に署名と寄付を集め、意見広告を出す所にこぎ着けた。しかしここで失敗(辣腕かの弁護士でも)したのは、労働組合を団体に参加させた事だ。
 労働組合は反対署名を集める為に、町内会の回覧板を使い、反対署名を掻き集めた。県議会に提出した1万2千名の反対署名はこうして集めたものです。町内会で署名を集めれば、私の親も署名した様に、町内会からの孤立を恐れて内容に関係なくだれでも署名します。
 こうして署名を集めた労働組合の発言力が、反対運動で高くなります。そこに滋賀県知事選挙での環境派の当選です。ここで来年の統一地方選挙に向けて環境運動で議席を獲得する為、この反対運動を使おうと組合の影に隠れていた政党が前面に出てきたわけです。
 現在の再開発反対運動は、この政党に牛耳られ、当初の目的から違ったもの、つまり選挙の事前運動に変質していると思われます。
 事の起こりは市と弁護士仲たがいなだけで、そもそもは公共事業(宇都宮城の様な)開発の仲間だったわけですから、こうした成り行きは不本意なものではないかと思います。しかし労働組合と言う組織を組みこんでしまったから、組織の論理に振りまわされざるおえない。どう収拾するのか興味しんしんと言った所です。
Posted by バンバ男 at 2006年09月29日 18:28
>バンバ男さま

長文にわたり内幕の説明をありがとうございます。どうしてもこういう内容のblogを書くと各方面からの意見があると思います。逆に反対派の方たちもそれなりの「論理」を主張するのでしょうね。
結局、大人の論理が、見え隠れするのが嫌ですね。先日行きましたが、インターパークは更に拡大しそうですし、ベルモールもまだ開発が進むでしょう。その時に中心市街地がどのようなポジションとなるのかが心配です。

個人的には、同価値のものならば、駐車場があった方がいいし、休日にまとめてインターパークで用事をすませることもあります。街中にもよく行きますが、逆にそこでしか手に入らないモノを探しに行きます。(セレクトショップとか、雑貨、飲みに行くこと…)それが私の宇都宮生活です。多分、みなさんも同じような感じではないのでしょうか?。

マンションができたとしても、宇都宮がどういう街になるのか具体的なイメージが私にはつかめないのです。東京で暮らし、地方都市も訪れ、さまざまな都市を見てきたからこそ、この宇都宮の状態、コンセプトを感じます。理想を描いているだけかもしれないと自分でも思いますが、理想なき改革は結局どこにも辿り着かないのではないでしょうか?。たとえ、子どもじみていても…。
Posted by hata at 2006年10月03日 14:19
 コメントありがとうございます。結局はっきりしている事は、反対運動をして景観を声高に主張している人も、推進する市の方も、中心部商店街活性化や本当の意味での景観を真面目には考えていないと言う事です。
 そうした意味では、上河内町での5万2千ヘクタールの森林を伐採してのショッピングモール計画について、反対運動の人達が何も発言していないのは実に不思議です。上河内町とは合併が決まり、宇都宮市の京都議定書履行(CO2の6%削減)が不可能とされている時に、この大規模ショッピングモールは大問題だと思うのですが。
 まあ宇都宮に真の環境派はいないと言える証拠でしょう。結局利権と権力闘争に明け暮れているという姿が、今回の景観論争の真の姿だと思います。まあダシにされた中心部商店街は、いい迷惑でしょう。
Posted by バンバ at 2006年10月07日 16:13
>バンバ さん
いつもコメントありがとうございます。いろいろなご意見をお持ちなので、勉強になります。。
先日も、ロイヤルホテルの跡地の前を通っていたら、マンションが建つというのを知りました。隣の古い家が簾をおろしていた画を思い浮かべました。正直「ここにマンションか…」と思ったことを憶えています。

ショッピングモールもいいですが、これからの都市は、自然とともに人間が豊かに暮らせることが大切だと思います。自分の子どもと弁当をもって出かける里山が、残っていることが幸せだと私は感じます。

宇都宮の街中を歩いていると、仲の良さそうな年配のご夫婦を目にします。私はボランティアとかしているわけではありませんが、この街がお年寄りに、そして人間に優しい街であってほしいと願います。そんな街づくりをしてほしいと思います。
先日、よく行くカフェに、年配の方が(おじいちゃんといったほうがいいかな)ランチを食べに新聞片手にサンダルでやってきて、お店の人と楽しそうに喋っているのをみると、「いいなぁ」って思います。
そこに暮らしている人が笑顔になれるような街であってほしいですね。
Posted by hata at 2006年10月09日 11:35
宇都宮市の都市政策で一番の間違いは。
1、無計画に宮環を作ったこと。
2、田川・姿川・新川等を掘り崩して水の 通路にしてしまった事。
3、済生会宇都宮病院の郊外移転。
の3点だと思います。
1、の結果、宮環を中心に大型郊外店が多数進出して、今市の中心部商店街が壊滅的な打撃を受けました。
2、は、里山の都市をうたい文句にしていながら、里山に一番大切な河川と田んぼの関係をなおざりにして川を掘り崩してしまったので、田んぼと河川との関係が断ち切れてしまった。宇大の教授が市の助成で鬼怒川河川敷で田んぼを作り、田んぼと河川との行き来で豊かになる生物の自然相をいくら説いても。つい2年前に姿川を掘り崩すまでは、そうした自然相は姿川流域に存在していた。市は鯉を放流してごまかしているが、ただの水路に生息できるのは鯉ぐらいなのだろう。
最近川鵜が鬼怒川流域に大発生し、漁業被害をもたらしているそうだが。これは行政による河川の水路化によって自然相の破壊(田と河川との断絶)が原因だろう。えさとなる魚は田で繁殖して川に戻るのだが、川と田が断絶していれば、魚の繁殖は激減する。その結果自然相のまだ残る鬼怒川に、川鵜が集中するのは当たり前だろう。漁協も川鵜の被害を嘆くだけでなく、行政の河川対策を総合的に点検して、誘導していかなければならないと思う。
3、は日の町通りから宇都宮城跡までの商店街の惨状を見れば何も言うことはない。幸い県庁と市庁が移転していない為、中心部商店街は壊滅的な被害を免れたが、もし移転していたら、商店街はシャッター通りと化して、景観論争など起こる余地はなかっただろう。ちなみに反対運動の主催者は県庁移転論者です。県庁を移転して美術館を作ったところで、いったいどれだけの人が集まるだろう。まあ彼は金になるかもしれないが。
宇都宮は小東京として発展してきた町であり、宮環以前は里山の自然もあった。特徴がない町と市は言うが、特徴がないのが宇都宮である。二荒山神社の景観を言う前に、もっと総合的な町と自然との関係を見なければ、住み良い町にはならない。結局政争の具にされるだけだろう。
Posted by バンバ男 at 2006年10月22日 16:05
いつもコメントありがとうございます。
ただ、ここで批判ばかりしていてもチョット…という気はします。

1、のことにしても、では現時点で魅力ある街づくりを中心街・商店街がどれだけしているかというのは、少し考えるところもあります…。私も週末は必ず街中に用足しにいきますが、それは限られたお店です。全てのお店に魅力があるとは残念ながら思えないですし、「おっ」と思って覘いてみたくなるようなお店も少ないのは事実だと思います。マンションが建ったとしても、商店街はたぶん変わらないのではないかと思います。


2、についても行政にばかり責任を押しつけることはできないと思います。私たちの生活の帰結がここにあるわけだし、これからでもそれを見直していかなければならないからです。私の実家の方ではまだ里山が残っています。田舎ですから。それを残そうとするならば、私たちもある時点で経済的な発展をある程度区切りをつけなければならないと思います。もっと違う方向での価値を見いだし、それを共有できないと、結局は難しいのだと。


私はblogを書いて、宇都宮の方・東京の方(デザイン・建築関係の方かな)とコメントやトラックバックを交わす中で、少しでも素敵と思える暮らし方を見いだせればと思っています。利用する側、消費者(?)として、宇都宮で楽しく・素敵に暮らせればと思うからです。
Posted by hata at 2006年10月22日 21:46
ごせつごもっとも。宇都宮市中心部商店街に一番欠けているものは、「自分たちが何をやろうとしているのか」と言うビジョンあるいは目的といったものです。この間の景観騒動でもはっきりとものを言った人はごく1部です。結局昔の遺産に胡坐をかいていて、売れない客が来ないと嘆いているだけの現状です。私が思うに。景観がどうであろうと、(見てくれのいい町になろうと)そこで店を出し町を作る人達がはっきりと自己主張をして消費者にアピールしなければけっして住み良い街にはならないでしょう。問題の根幹はここにあります。
 結局市の政策も、反対運動の趣旨も実は同じで見てくれの良い街つくりに尽きます。でもそのなかで欠けているのは実は街を作る人なのだと思います。まあそれが希薄だから政争の具にされたりするのですが。
Posted by バンバ男 at 2006年10月23日 22:12
二荒山神社前の再開発大賛成です。再開発反対の方々は神聖なる二荒山神社を見下ろすのはもってのほかなどとひがみ根性だと思います。北関東最大の都市として水戸や前橋に大きく差をつけるようなインパクトのあるものが宇都宮には必要です。都市計画も遅れています。24階建ての高層マンションは決して超高層というほど大袈裟なものではなく、都内ではごく普通の高層ビルです。

大通りバンバ周辺は小さなビルがポツリポツリと建っていますが、街並みとして統一性がありません。旧西武デパートの北側の大通りに面した部分は容積率の低い古いバンビルなどが残っており、開発が遅れています。二荒山神社前の再開発事業が完成すると旧西武北側はよりみすぼらしく見え、再開発をせざるを得なくなるでしょう。二荒山神社前の再開発は宇都宮市中心部の街並みが綺麗になる起爆剤になります。参道が3倍の間口に広がり、二荒山神社および緑のランドスケープが広がり完成が楽しみです。

宇都宮市の行政方針に一言二言いわせていただければ、駅前などの猥雑な看板は規制を厳しくすべきです。今の駅前および駅から中心部に続く大通りの街並みはひどいですよ。また、活性化として餃子やジャズや屋台やカクテルなどをテーマにしたイベントをよく耳にしますが、こじつけのようなところもあり、客観的にあまり感心しません。土日など、県庁前マロニエ通り、シンボルロードなどを歩行者天国にして、骨董市、フリーマーケットなど定期的なイベントを催したらいかがでしょうか。歴史的ゾーニングもいいのですが、ぴんとこない面も多々あります。フリーマーケットや骨董市などマロニエ並木でやったら、ヨーロッパ的な雰囲気があり素敵だと思いますが。また、雷都レール(LRT)の推進の話がありますが、これも大賛成です。JR駅と東武駅を間回遊できるような交通システムが必要です。LRTは路面電車で街並みがより都会的でヨーロッパ的になり、中核都市、県庁所在地としての風格が増します。宇都宮中心街は人通りが増え、商店に競争原理がはたらきシャッターを下ろしていた中小商店に活気が戻るでしょう。そして郊外型のSCへの客を中心部へ再び呼び戻し、かつての宇都宮の繁栄を呼びもどしましょう。
Posted by 東京建築ボーイ at 2006年10月26日 16:24
>東京建築ボーイ 様

コメントありがとうございます。基本的にはごもっともなご意見だと思います。
私も宇都宮の再開発に反対なわけではありません。ただ、都市のインパクトを与えるものが、私的利用を前提にしたマンション(しかも一棟)で良いのかという疑念が生じます。
またインパクトが高層である必要性も、まだ疑問に思うところです。

私もLRTなど新しい考えには賛成です。中には市として厳しい条件を加える必要が生じるものもあると思います。ある部分では、私たちもそれを受け入れていく覚悟と必要があると。

再開発に反対でありませんが、おっしゃるように、二荒山神社前以外の地区の再開発をどのようなビジョンでおこなうのかが、未定なのですよね。
計画は、高層マンションも含めて、長期的な視野での都市計画をするべきだと思います。でないとまた、アンバランスを生むことになりますから。

お恥ずかしながら、宇都宮市の「グランドビジョン」というものを、『考える会』の方からご指摘頂いて初めて知りました。具体性がない、という印象を受けました。
Posted by hata at 2006年10月27日 13:00
 私の再開発反対運動に対するコメントで一部誤りがあったようです。反対運動のプログで批判のコメントを読みました。私の事実誤認による佐藤弁護士への誹謗中傷のようになってしまった事は非常に反省しております。お詫びの書き込みは反対運動のプログに書き込んでおきました。従って一部ではあっても誤った情報にもとずく記載が載っているのは良くないので、9月16日の書き込みは削除していただくようお願いいたします。大変ご迷惑をおかけしました。
 さて反対運動のプログによる私への批判にも誤りはあります。反対運動立ち上げの時に私のもとにきた文書を見て危機感にかられ、私は抗議文を作り受取証明付きで佐藤弁護士とマスコミ2社に郵送しました。しかし佐藤弁護士からの反応はなく、マスコミも2ヶ月ほど後に1社が取材に来ただけです。私は1商店の意見など聞いてもらえないものと思っていました。しかも町内会にまで反対運動の署名が回ってくるに至り、再開発が中止になれば店を閉めて生活保護でももらい生計を立てるしかなくなると思い始めたしだいです。げんに、毎年通行量が30%も減っている現状では、今市市の商店街のように壊滅状態になるのは、時間の問題です。
 反対運動の主旨説明文は宇都宮市のグランドデザインを下敷きに作られたようです。従って私の批判はグランドデザインに対する批判になります。もちろん対案を出さなければならないので当然展開しております。ただのけち付けではないということです。
 宇都宮市のグランドデザインは総花的ではっきりいって何が目的判らないものです。従って対案は現在必要とされているものとなります。
宮環とロードサイドショップによって地域の商店街が潰れ、生活財の購入の為に高齢者はいやでも車で購入に行かざるおえません。交通死亡事故全国一はこうして達成されました。車社会全国一の栃木県下でこの地位は揺るがないものです。従って中心部商店街の役割は明らかだと思います。高齢者に優しい街。歩いて生活財を全部用意できる街。このコンセプトが、宇都宮市中心部商店街の再生を促すものと考えています。城など作っても街路を綺麗にしても市民の為にはなりません。街路を綺麗にして歩道と車道の段差を無くした為、歩道は駐車場となり、歩行者を守るガードレールも無い為、交通死亡事故は多発しております。景観を言うならばむしろ電線の地下化を図り電柱を無くすのが先で、歩行者の安全を無視した歩道整備は本末転倒と思います。
 長くなりました、今回はこの辺でやめて起きます。ご迷惑をおかけした事をお詫びしてこの項は終わりたいと思います。
Posted by バンバ男 at 2006年11月02日 16:09
>バンバ男さま
コメントありがとうございます。
私のblogへのコメントがいろいろとご迷惑をお掛けしたのではないかと思います。
過日のコメントを削除してほしいとありましたが、もしよろしければそのままにしておきたいのですが…。
今回誹謗中傷については、訂正されるコメントをされていますし、意見を訂正したり、新しい意見を述べたりする中で、よりベターな意見が構築されていければ、本当に良いのではないかと思うからです。
そう言った意味で、これまで頂いたコメント・発言を受けて、また新しい考えや価値観を私自身も持てればと思っています。
私もこれまで、恥ずかしい、無知な記事・コメントを多々してまいりました。皆さんからお教え頂く中で、自分の意見をさらに深めていければと思ってます。
私は自分の意見を変えることはそれほど恥ずかしいことではないと思っています。過った意見を変えることができないことこそ、恥ずべきことだと。

今回のコメントの内容には触れませんが、「作る会」様のblogなどでも、そのようにしていろいろな意見が構築されていければと思っています。
丁寧なコメント、ありがとうございました。
Posted by hata at 2006年11月02日 18:33
 残してもかまわないと思います。結局あの警告文は佐藤弁護士が私と接触したいために書いたものの様ですから。佐藤弁護士の履歴以外は大筋で間違えてはいませんから、かまわないのじゃないでしょうか。
 結局商店街の中ではっきり立場を表明しているのは私だけの様であちらも困っているようです。言い方は悪いが抱き込みたいと言うのが本音の様です。
 しかし宇都宮は日本最大の談合都市であると(この問題を通して)この間はつくずく思いました。(宇都宮城など完全に地元土建屋救済策ですから。)市長に提言している学者連中は、補助金目当てにフィールドワークもせずマーケッティンぐもやらず、どこだかヨーロッパのモデルを無理やり当てはめて市民に押し付けようとしています。これを鵜呑みにする方もどうかと思いますが、それでも市長は良くやっているほうなのでしょうか。まあ色んな利権関係(市議会などの)と市職員官僚の利権関係の中でやっているわけですから。
 私の考えでは、この間一番責任を取らず、利益だけ得ているのは市議会ではないかと思います。居眠りしていても50数万の給料が出て、ただで海外旅行(調査)をして、ボーナスまでもらって、議会期間中は別に日当まで出る。戦前は田中正蔵の様にみな手弁当でやっていたのに、何か間違っている様に思います。美しい日本などと首相は横文字ばかり並べた初心表明演説をやっていないで、こういう所を見習うべきと思いますが。まあ長州藩ですから、横文字が好きなのかも知れません
Posted by バンバ男 at 2006年11月03日 21:37
>バンバ男さま
コメントありがとうございます。

抱き込みたいというとなんとも…、という感じがしますが、バンバ男さまの意見と立場をキチンとも持たれていけば良いのではないかと思います。私も思うところを無責任に述べているだけで、署名活動に参加したりしている訳でもありません。みなさんで議論することがまずあると良いと考えているからです。(まだその段階なのがお恥ずかしいですが)

それから宇都宮城については、少し弁解をさせて頂ければ、すべての学者(?)が賛成派ではないということです。私も県内の某歴史学会の会員になっており、宇都宮城復元(計画)の際には反対署名をしました(力及びませんでしたが)。
歴史家の立場としても、大規模な土地買収のために税金を使うこと、また現存していなかったものを再現するということ意味について考えて、そのような活動をしました。(通常「修復」することは多いのですが、宇都宮城の諸施設を「ゼロから作る」ほどの価値があったのかは疑問です)。

議員さんたちの「調査」「研修」ってどんなことを学んでいるのでしょうね。訪れた街や施設について本当にしっかり見て考えて下さっているならば、いいのですが。
私のblogでは建築の話題などもたまに書いていますが、私のような平凡人でも、いろいろな街の景観から学ぶことはたくさんありますから。

私見ですが、横文字を多用する人間は信用しない、ということにしています。(もちろん日本語として既に定着しつつあるものは除きますが…)。
日本語で言えるものをあえて横文字にする必要があるのかな…、と。私も人前で話をすることが多いのですが、気を付けていることは、いかに相手に分かりやすく伝えるか、理解してもらうか、ということです。そのために、文章や言い回しが簡易になりすぎることもありますが。
議論(ディベート)では、「横文字」を使った方が理知的に見え、優位に話を進めることができることもあります。でも相手に何かを伝えるためには、そんな必要はないと考えるからです。話を聞いてくださる方も、年齢など幅があるからです。
所信表明演説にしても、見ている国民が種々いることを前提にされていないことが残念な気がしました。個人的な感想ですが。
Posted by hata at 2006年11月04日 10:48
 たびたび書き込みさせていただきます。反対運動からのアプローチがあったので、ちょうどいい機会ですから景観論そのものの危うさを書きたいと思います。
1、景観問題の出自
 私の理解では景観保護の動きは、そもそも第二次大戦後の西ヨーロッパから始まったものと思います。
 戦後の復興の中で先進資本主義国は、戦争に変わる国民統合の手段に迫られました。隣に「社会主義国」である東欧とソ連との対抗の中で、すでに成熟した資本主義国である西ヨーロッパの国々で経済成長一本での国民統合はむりだったからでしょう。その中で民族と国民を強調するのは歴史的景観の保護と復旧は大きな武器になったと思われます。
 日本を始めとした後進資本主義国と敗戦国及び「社会主義国家群」は経済成長一本で国民統合の基礎としました。それらの国々では企業の「巨大広告」や国家元首の「肖像画」は国民統合と国力発揚の象徴になったと思います。高度経済成長期企業の広告群は、好感をもたれこそすれ「汚い景観」(宇都宮駅前)とは言われませんでした。しかし日本を始めとした後進資本主義国の経済的発展の中で、日本や韓国であえて歴史的景観を問題とされるようになったのは、先進資本主義国の仲間入りをしたといえるのでしょうか。経済的発展一本では、国民統合が無理になって来た為でしょう。
 景観問題とは、実は形を変えたナショナリズムの発現と言えると思います。しかしここで問題は反対運動の主力が労働組合や共産党である事です。実は、これは彼らの保守化を現しているからです。
 バブルの崩壊以降リストラ・賃金切り下げ正社員の不安定雇用化の中で生き残ってきた労働組合とその構成員は、その高賃金と管理職化の中で労働貴族と化しています。圧倒的多数のパート・アルバイト・派遣等の不安定雇用者はほとんど労働組合には加入していません。しかし彼らも賃金切り下げやリストラに常に脅かされており、自らの高賃金の正当性を主張する根拠を求めざるおえません。この景観問題はそうした組合の求心力維持のためのかっこうの材料になったものと思います。でも私は思うのですが彼らはもっと別にやるべきことがある。圧倒的多数の不安定労働者の地位を引き上げる努力をするのが先だと思うのですが。
Posted by バンバ男 at 2006年11月05日 15:11
>バンバ男さま
コメントありがとうございます。
ただ、景観論争や都市計画の問題については、「考える会」のblogにもコメントされた方がより建設的だと思っております。

景観問題の出自はナショナリズムの一形態と考えることができるのかもしれませんね。ただし、歴史的景観の例を取るならば、イギリスやフランス、オーストリアの例によるように、それに対して「国家」が価値を与え、その価値を「国民」が享受していることにあります。諸外国と同じように、景観を守るために、宇都宮市民(日本国民)は厳しい制限を受け入れることができるのでしょうか?。

社会の成熟を考えるならば、利益や経済発展中心の資本主義の行く先には、福祉国家に近い成熟が必要である、というのが私の考え方です。
過去を振り返れば、日本は戦後の経済復興のためにこの60年余を過ごしてきましたが、バブル崩壊を含む経済の動向には、行き過ぎた利益主義は必ずしも市民の益とはならないということが明らかになったと思います。
この反省から、現在の景気回復にも懐疑的な見方をせざるえません。本当の豊かさとは何か。
利益のみ追及する企業は、本当の意味での成功を手にすることはないと思います。
社会還元を視野に入れた活動こそがこれからも市民とともに残っていくのだと思います。
(環境用語とは異なる意味で)「持続可能な発展」とはどのようにあるべきか、考えてもいいのではないかと思います。

宇都宮という都市が、
「持続」していくのには、何が必要なのでしょうか。

Posted by hata at 2006年11月06日 20:15
まだ、宇都宮中心部再開発の24階建て高層ビル建設は揉めているのでしょうか。因みに東京の都心部には30階クラスの超高層ビルと神社が同居している例があります。虎ノ門の金比羅宮です。ビルは1階部分を大胆にピロッティにしているため、決して威圧感など感じさせません。超モダンなビルと神社がうまく調和して、不思議な空間を創りだしています。二荒山神社は緑地などが保存され、その参道は3倍にも広がり、よりよい環境と機能を提供するため、まったく恵まれた状況です。神社を見下ろすとか、マンションは公共性がないなどとネガティブなコメントをつける前に、宇都宮の発展も考えなければなりませんね。中心部の地価は下落する一方ではないですか。この中心街の再開発をきっかけに周辺の整備により、活性化する必要があります。宇都宮のシンボルでもあり数少ない史跡の中、二荒山神社は大切にしなければなりませんが、古いものと新しいものの調和を考えた景観も悪くはないのではと思います。また、東京やその他の都市の状況についてももっと研究し、取り入れていって欲しいものです。
Posted by 東京建築ボーイ at 2007年04月18日 12:19
>東京建築ボーイさま

コメントありがとうございました。
しばらく更新していなかったので、遅くなりました。結論からいうとビル建設についてはまだ係争中です。
おっしゃるように東京には古いモノと新しいモノが共存した場所が多々あります。ただ、それが実現しているのは、そのような知識や思想、そして意欲を持った方たちが都市計画に携わっているからだと思います。私ももちろん宇都宮が現状維持をしていくことが正しい道だとは思いません。しかし、長期的かつ全体的な展望のない開発は、さらなるムダと危険を秘めていると思うから、安易なマンション建設には疑念を呈せざるを得ません。

24階建てのマンションについては、LRTなどと合わせて中心部への人口回帰を自治体が臨んでいることも一因になっているようです。宇都宮は現在マンションの建設ラッシュになっていますが、これらの建築がどれだけ全体の都市計画を考慮して行われているかは疑問です(建設されている地域が、あまりにバラバラです。都市のセクショナリティが無茶苦茶です)。本当に都市計画を考えるならば、行政が他のマンションの建設地域なども、主導してほしいと思います。

最後におっしゃっているように、行政は東京やその他の都市の状況についてもっと研究をするべきです(もちろん宇都宮という都市の実情も踏まえて)。そして多くの識者を取り入れて、そのグランドデザインを考えるべきだと思います。宇都宮再開発のグランドデザインにはどれだけ新しい発想を受け入れる「寛容さ」があったのでしょうか?。

最後に。二荒山神社の前の新しいビルの名前は「うつのみや表参道スクウェア」だそうです。初めて知った時、本当に情けなかったですよ。
ちなみに3・4階にはスポーツジムが入るそうです。1・2階のテナントは未定のようです。どんなテナントが入るのか楽しみです。
Posted by hata at 2007年04月28日 15:54
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